バラと藤とかすみ草

こじらせるだけこじらせたヲタク女がただ気まぐれに書きなぐるだけ。だいたいR18です。ご連絡はTwitter:@sawa_camelliaへ。

【R-18】アメフリバナを君に Ⅲ

【ほとんどありません+大したことはありませんが,ごく一部18歳以上を対象とする表現があります。閲覧にはご注意ください。また,18歳未満の閲覧はお控えください】

 

この夜を越えれば,私は開放される。

それだけが私に残されたたった一つの希望だった。
交際相手は助けに来てくれない。
せめて私の居場所だけはわかるように,GPSはオンにした。
悪あがきはそれぐらいなものだ。

 

彼が部屋の扉に手をかける。
明かりをつける。
眺めを確かめて,なにかつぶやいた気がする。

 

この夜さえ越えられれば。
私はまた,元の生活に戻れる…。

 

私は肩から荷物を下ろす。
ベッドに腰掛ける。

だめだ。
もう疲れた。
横になる。
誰かの「彼女」でいることは,こんなにも大変だっただろうか…。

「疲れた?」
「とても」

彼が私を抱きしめた。
「こうすれば,疲れなんか忘れてしまうよ」
「そうだね」
額にキス。

「今のは,はじめて?」
「はじめて」
「やっぱり君ってかわいいね」

その言葉が彼を満足させたらしい。
強く抱きしめてくる。
苦しい。
耳元。
「お姉ちゃん,好き」
服の中に手が入る。
今日のお姉ちゃんは,私を示す記号でしかないんだろう。

 

「今晩,俺を抱いてほしい」

 

手が止まる。
苦しそうな声だった。
お姉ちゃんで,俺を満たして。
そう叫ぶ彼の声が,心を抉るようだった。
どちらにしても,私は彼を救えない。

「いいよ」

さよなら,自分。

私なんていなかった。
ここにいるのは,あの名刺に書かれた名前の女だけ。
その女の名前を,彼に捧げてしまえばいい。

 

夕飯は洋食がいいというのは,彼の希望だった。
彼はハンバーグを。
私はオムライスを。

「どう,美味しい?」
「うん,美味い」
「よかったね」

満足そうな彼。
既視感。

「その"よかったね"が,俺の心を持ってった」

そうだ,初めて会った日も,こんな会話をしていた。
その後,名刺を渡したんだった。

もうすぐお皿は空になる。

 

シャワーを浴びさせて。
そう言い出すこともできずに,二人まとめてベッドの上。
抱きついてくる。
抱きしめ返しはしなかった。

「先にシャワーを浴びてしまいましょう」
「嫌」
「そうじゃないと,明日寝られるだけ寝て外に出ることができなくなるよ」

そうしたいって言ったのは君でしょ,と念押しする。
腕の力が緩む。
解放。
「浴びてくる。少し待ってて」

 

扉を開けたら,舞台の上。
もう私はいない。
名刺の女を,演じるだけ。

「さあ。どうされたい?」

寝転がって携帯を操作していた彼が,頭を上げる。

待ちきれない。
そう言いたげに彼がこちらを向いている。
愛が待ちきれない。
満たされたい。

もう彼は寝転んでしまった。
愛されたい。

ゆっくりと近づく。
本当に,愛してくれるの。

 

額にキス。
鼻に。
頬に。
顎に。
首に。

身をよじらせる。
「もっと」
絞り出すように,かすれた声。

シャツのボタンを外す。
その間も,首筋にキスを。
熱い吐息。
舌を這わせ,耳へ。
声が漏れる。
キス。

もっともっと。
僕を愛して。
愛を。
僕へ。

重ねた身体は,とても熱い。

 

「お姉ちゃん…!」

 

 

彼は満足したのか疲れてしまったのか,隣のベッドでよく眠っている。
喉が渇いて仕方がない。
サイドテーブルに置いてある水に手をかける。
水滴で手が滑りそう。
口に含んで,飲み下す。
ふう,と小さく息を吐く。
気だるさに襲われる。
そのまま身体を横たえる。
目をつむる。

 


この愛は,いったいどんな味がした?