バラと藤とかすみ草

こじらせるだけこじらせたヲタク女がただ気まぐれに書きなぐるだけ。だいたいR18です。ご連絡はTwitter:@sawa_camelliaへ。

アメフリバナを君に Ⅳ

まだ半分以上残っているタバコを握りしめて,次々に変わっていく景色を眺める。
長い長い,彼女の冒険は終わりを告げた。

 

彼の予想通り,チェックアウトはギリギリだった。
朝食もギリギリの時間に済ませた。
仕事でもないのに,慌ただしい朝だった。

「最後にゆっくり,おしゃべりしたい」
「彼女」である私の最後の務めは,彼とのおしゃべりに落ち着くらしかった。

ストレートのホットティーとカフェラテをテーブルに置く。
おそらくホットティーはセイロン。
まだぼんやりとした身体にはちょうどいい。

「やっぱりお姉ちゃんが好き」
「うん」
「でも,お姉ちゃんは僕のものにはならない」
「うん」
「それが,受け容れられない」
「どうして?」

「ずっとお姉ちゃんと一緒にいるにはどうしたらいい?」

「弟でいればいい」
「結婚していないのに,弟はずっと一緒にいられるの?」
「じゃあ逆に,結婚したらずっと一緒にいられるの?」
その答えをよく知っているのは,君のはず。
あ,と言いかけて,彼がカップから口を離す。
「ずっと一緒にいるために,結婚する必要がある?」
カップを持っていられない。
そっとカップに手を添えて,机に置いてあげる。
カップから離した手にはハンカチを。

ああそうか…。

彼はきちんと私の言葉を理解したらしい。
「寂しかった」
「うん」
「誰かのそばにいたかった」
「知ってたよ」
私のハンカチを広げて,彼は涙を隠すように顔を覆う。
「だから私は,お姉ちゃんとして,君のそばにいた」
彼がうなずく。
「結婚したらずっと一緒にいられるって信じていた君は,本当に純粋で可愛い私の弟」
ぐずぐずと彼が泣いている。
多分このハンカチはもう使い物にならない。
返されても,正直困ってしまうだろう。
そのために安物を持ってきたんだから。

「弟でも僕のことを好きでいてくれますか」
「もちろん」

「好きな人なのに,こんなことをさせてしまって…」
少し間を開けて,ごめんなさい,という消え入りそうな声が聞こえた。
「それはもう仕方がない。他の人にこんなことをさせてはだめよ」
昨日のことを思い出したらしく,また涙がこぼれる。
これは長丁場になりそうだ。


結局,私たちは私の乗る新幹線の時間ギリギリまで,話をしていた。
最後は笑顔で,まるで本物の姉と弟のような,他愛もない会話を交わした。

ホームに新幹線が滑り込んでくる。
清掃が終わるまで,おそらくあと10分もないだろう。

切符を確認する。
間違いない。

彼が私を呼ぶ。
「もうカッコつける必要,ないから」
差し出されたのはタバコだった。
「素敵なプレゼントをありがとう,大事にするわね」

そのお返しに,私もプレゼントを贈ることにした。
首から提げていたネックレスを外す。
「少し待っていて」
あの日渡した名刺の裏に,手書きでメッセージを添える。
「そのハンカチはそのまま持って返って使って」
ネックレスと名刺を渡す。
もうこの名刺はいらない。
この女はもういない。

「じゃあまたね」
私の軽い言葉とは裏腹に,彼はまた泣き出したようだった。
そんな彼に背を向けて,新幹線に乗る。

3号車,11番,A席。
大きな荷物を棚へ。

発車ベル。
席にやっと,体をうずめる。
ふうっと一息。

「またね」,彼が手を振っていた。
笑顔で私も振り返す。

 

あなたがいつも笑顔でいられますように
願わくばそのそばに私がいられますように

 

名刺の女は,もういない。