【閲覧注意】アメフリバナを君に Ⅱ
【道徳的・倫理的に望ましくない表現が含まれます。自己責任でお読みください。】
「鳥かごから出してやる」
絶対に,だめ。
私は,彼の言う「鳥かご」に囚われているべきなのだ。
「一日だけ,彼氏を忘れて,俺と付き合ってほしい」
こんなこと,あってはいけない。
でも,彼に逆らえない。
春の訪れを感じるころ,私はすでに,切符に示された新幹線に乗っていた。
もう戻れない。
「鳥かご」には断りを入れてきた。
「一晩東京に泊まってくる。相手は異性。おそらく,"間違い"が起きる」
「構わないよ。人生の修行だと思って」
「え?」
「経験が少ないんだから,それはありがたいと思ってお手合わせ願えばいい」
寛容というか,なんというか。
あまりに私が世間知らずなものだから,心配していたらしい。
このくらいは,大人の挨拶程度にしか過ぎないらしい。
その言葉に救われた自分がいるのも,また事実。
そこで止めてくれたら,また別な未来が待っていたかもしれないのに。
「お姉ちゃん」
可愛らしい声で,私に甘えてくる。
「先についていたのね」
「お姉ちゃんをお出迎えするためだもの」
飛びつくように私に抱きついてくる。
「手を繋がせて」
出された手に,指を絡ませる。
あのときカトラリーを握っていたときと変わらず,細い指をしている。
今日一日だけ。
今日一日だけ彼のものになってしまえば。
彼といる一晩だけ彼のものになれば,あの重たい言葉たちから解放される。
一日だけだ。
一日,恋人のふりをしていればいい。
たった一日,愛情をいっぱいに注いで,満足させてあげればいい…。
彼は東京の街が好きなのだという。
いつも一人で東京に来たときに行く場所に,今日は誰かと一緒に入る。
彼にはどれだけ幸せな時間だったろう。
風が彼の柔らかな髪を揺らす。
彼の笑顔が眩しい。
彼の言葉に誘われて笑みをこぼす。
抱きしめてきたら抱き返す。
握りしめてきた手を握り返す。
私は確かに,彼が求めていた「彼女」を演じていたはずだ。
もう日が暮れる。
そろそろ脚が疲れてきた。
「部屋に行こう」
「ちょうどよかった。脚が疲れてしまって,そう言おうと思ってた」
嘘だ。
「もうこのまま,どうか帰らせて。いい思い出だけ持って帰ろう」
本当はそう言おうとしていたじゃないか。
一気に現実に引き戻される気分だ。
昼間は暖かく感じた東京の風が,少しひんやりしてきたのを感じる。
それでも私は彼の隣にいる間だけ,彼女を演じてあげなければ。
そうしなければもう一生,彼を救えないかもしれない。
どちらにせよ,彼を救うことなどできないことは分かっているけれど。
彼のチェックインは手慣れたものだった。
旅行の際はだいたいこのチェーンのホテルを使うらしい。
「チェーンはこういうところが楽でいいよね」
「確かにそうかもね」
こんなありふれた会話の先に,一体何が待っているのだろう。
もう夜になる。
さきほどまで赤みを帯びていた空が,もう薄暗くなってきていた。