バラと藤とかすみ草

こじらせるだけこじらせたヲタク女がただ気まぐれに書きなぐるだけ。だいたいR18です。ご連絡はTwitter:@sawa_camelliaへ。

【閲覧注意】アメフリバナを君に Ⅱ

【道徳的・倫理的に望ましくない表現が含まれます。自己責任でお読みください。】

 

「鳥かごから出してやる」
絶対に,だめ。
私は,彼の言う「鳥かご」に囚われているべきなのだ。

「一日だけ,彼氏を忘れて,俺と付き合ってほしい」

 こんなこと,あってはいけない。
でも,彼に逆らえない。

春の訪れを感じるころ,私はすでに,切符に示された新幹線に乗っていた。
もう戻れない。

 

「鳥かご」には断りを入れてきた。

「一晩東京に泊まってくる。相手は異性。おそらく,"間違い"が起きる」
「構わないよ。人生の修行だと思って」
「え?」
「経験が少ないんだから,それはありがたいと思ってお手合わせ願えばいい」
寛容というか,なんというか。
あまりに私が世間知らずなものだから,心配していたらしい。
このくらいは,大人の挨拶程度にしか過ぎないらしい。
その言葉に救われた自分がいるのも,また事実。

そこで止めてくれたら,また別な未来が待っていたかもしれないのに。

 

「お姉ちゃん」
可愛らしい声で,私に甘えてくる。
「先についていたのね」
「お姉ちゃんをお出迎えするためだもの」
飛びつくように私に抱きついてくる。

 

「手を繋がせて」
出された手に,指を絡ませる。
あのときカトラリーを握っていたときと変わらず,細い指をしている。

今日一日だけ。
今日一日だけ彼のものになってしまえば。

彼といる一晩だけ彼のものになれば,あの重たい言葉たちから解放される。

一日だけだ。
一日,恋人のふりをしていればいい。
たった一日,愛情をいっぱいに注いで,満足させてあげればいい…。

 

彼は東京の街が好きなのだという。
いつも一人で東京に来たときに行く場所に,今日は誰かと一緒に入る。
彼にはどれだけ幸せな時間だったろう。

風が彼の柔らかな髪を揺らす。
彼の笑顔が眩しい。


彼の言葉に誘われて笑みをこぼす。
抱きしめてきたら抱き返す。
握りしめてきた手を握り返す。
私は確かに,彼が求めていた「彼女」を演じていたはずだ。

もう日が暮れる。
そろそろ脚が疲れてきた。

「部屋に行こう」
「ちょうどよかった。脚が疲れてしまって,そう言おうと思ってた」

嘘だ。
「もうこのまま,どうか帰らせて。いい思い出だけ持って帰ろう」
本当はそう言おうとしていたじゃないか。
一気に現実に引き戻される気分だ。
昼間は暖かく感じた東京の風が,少しひんやりしてきたのを感じる。

それでも私は彼の隣にいる間だけ,彼女を演じてあげなければ。
そうしなければもう一生,彼を救えないかもしれない。
どちらにせよ,彼を救うことなどできないことは分かっているけれど。

 

彼のチェックインは手慣れたものだった。
旅行の際はだいたいこのチェーンのホテルを使うらしい。
「チェーンはこういうところが楽でいいよね」
「確かにそうかもね」
こんなありふれた会話の先に,一体何が待っているのだろう。

もう夜になる。
さきほどまで赤みを帯びていた空が,もう薄暗くなってきていた。