バラと藤とかすみ草

こじらせるだけこじらせたヲタク女がただ気まぐれに書きなぐるだけ。だいたいR18です。ご連絡はTwitter:@sawa_camelliaへ。

生死のはざま

最上階にある城主の部屋から大広間までは,別棟になっていることもあり,それなりに距離がある。
城主の部屋から大広間に着くまでの間も,外の蝉は必死に鳴いていた。

いま,私は生死のはざまにいるのかもしれない。
木にしがみついて必死に鳴いている蝉のように,少しは生に貪欲になったほうがいいのだろうか,などと考えているうちに,お役人様の足がぴたりと止まる。

「こちらです」

ありがとうございます,と小さく会釈をして大広間に足を踏み入れる。
ただ一振りの日本刀が真ん中に置かれているだけの,ひたすらに広い和室は,まるで別世界のようだ。
しんと静まり返っていて,蝉の声も何も聞こえやしない。

一歩,また一歩。
生前見たこともなかった日本刀に,不思議と惹きつけられていく。
この刀が私を殺すかもしれないというのに。

袴を少し持ち上げて,日本刀の前に正座する。
広間に向かう間,お役人様は顕現方法なんて一言も発さなかった。
代わりはいくらでもいるのだろう。
私一人が顕現できなかったところで,特に問題はないのだ。

持ち上げて崇め奉るか。
このまま礼をするか。
どうかお姿を,と話しかけるのか。
このまま尋ねれば教えてくれたかもしれない。

でも,それよりも。
私は,その刀身を,見せてほしい。

抜刀の仕方など習うことはなかった。
引き抜くことすら叶わないかもしれない。
触れることすらできないかもしれない。

それでも私は,躊躇うことなく目の前の刀に手を伸ばして,迷うことなく鞘から引き抜いた。

 

ひらり

 

目の前に現れたのは,小さな一輪の桜の花だった。

おかしい。
私はすでに死んだのだろうか。
今は夏だ。
辺りを見回しても,桜の花はどこにも咲いていなかった。

「左様ならば,仕方がない」

その瞬間,桜吹雪が舞う。
そのあまりの量に,思わず目を逸らす。

 

「蜂須賀虎徹だ」

 

この方が,刀剣男士。

只今顕現確認しました,こちら了解です,というお役人様の事務的なやり取りがかすかに聞こえる。

 

「どうぞ,よろしくお願いします」

 

とある夏の日,この本丸は,こうして幕を開けたのだった。