バラと藤とかすみ草

こじらせるだけこじらせたヲタク女がただ気まぐれに書きなぐるだけ。だいたいR18です。ご連絡はTwitter:@sawa_camelliaへ。

「あの世」の始まり

「お待ちしておりました,審神者様」
振り返ると,そこには立派な城壁と門があるだけだった。
「残念ながら,その門を開いても,もう"戻る"ことはできません」
「私の顔は,どう,見えていますか」
「私どもには審神者様の…素体と申し上げましょうか…お顔が見えております」
「別人の顔を選ぶ必要はあったのでしょうか」
「それはもちろん」
これから分かることです,お暑いでしょう,どうぞこちらへ,冷房を効かせておきました,と,すぐ側にあった比較的小さな洋館へ案内される。

「こちらが迎賓館のような建物になっております」
政府のお役人様がいらした際は,こちらでお話をするのが基本になるとのことだった。
「先程気にしていらっしゃいましたお顔の件ですが,これから基本的に一緒に過ごしていただく"刀剣男士"の皆様だけは,素体のお顔を見られることはありません」
仮に見られるとしても,おそらく"二度目に死んだとき"くらいでしょうね,と紅茶をすすりながら,お役人様は慣れたように話していた。
もう随分長いこと,このやり取りをしているのだろう。

 

「そして,奥のお城が」
「"私"のお城,ですね」
「おっしゃるとおりです」
「その名の通りお城と呼ぶにふさわしい大きさですが,こんなに大きい必要あるのでしょうか」
「必要なければこんな大きさにはなりませんよ」
話を聞く限り,100振り以上もの"刀剣男士"を従える主も,全く珍しくないらしい。
とても想像することはできないが。

「ここまでの道のりは長かったでしょう。お疲れではありませんか」
「幸い」
「では参りましょう,最上階,そちらが審神者様のお部屋になります」
審神者様のお部屋で一通りの生活は完結できるようになっていること。
その他必要なことがあれば通信端末から政府まで申請すればいいこと。
そんなことを話しているうち,「審神者の部屋」と呼ばれる最上階にたどり着く。
真夏のはずが,そこだけツンとした冷気を,ほんの一瞬,感じた気がした。

審神者様,最初のお仕事です」
これまでつらつらと話してきた政府のお役人様が,すっと背筋を伸ばす。
「こちらのお部屋に,名前をお付けください」

「あやめの間」

即答だった。
幸せをもたらしてくれる花。
それが,この本丸の象徴となるのだ。

「かしこまりました」

一歩。
あやめの間へ,足を踏み入れる。

 

『こちら周防国 第xxxxxxxx本丸。起動完了』

 

お役人様がインカムに小さく告げる。

「お疲れ様でございました,あやめ様。あやめの間にあやかって,なにかの折にはご無礼ながらあやめ様と呼ばせていただきます」
ひい,ふう,み,と,ハードカバーの本を見ながら,何やらチェックをしているらしい。

「これにて手順通り,本丸の起動が完了しました」
ぱたりとハードカバーの本を閉じて,お役人様はすっと手を伸ばす。
「さあ,参りましょう」

 

 

大広間にて,刀剣男士様がお待ちです―――

 


ごくり。
先程まで蝉がうるさいほど鳴いていたはずだ。
それなのに,うるさい蝉が全て消えたように,唾を飲み込む音が,私の体に響く。

『万が一顕現できなかった場合,その時点で"二度目の死"が待っている』

それは,数時間前,"前世"で聞かされた言葉だった。
存在するかも分からないこの肉体に,死なんて存在するのだろうか。
顕現できなければ,この役人が,私を"殺す"のだろう。
もしくは,起動時に存在するかも分からない肉体が消え去るのだろう。

大広間につくまでの間,私は無言のままだった。