バラと藤とかすみ草

こじらせるだけこじらせたヲタク女がただ気まぐれに書きなぐるだけ。だいたいR18です。ご連絡はTwitter:@sawa_camelliaへ。

おきみやげ

蜂須賀虎徹を無事顕現させたあと,まだ手続きがあるようで,私はまた洋館にいた。

「生前,眼鏡をご愛用だったとご令弟様より伺いました」

眼鏡は愛用していたものの不便だったことと,そもそもの仕様なのか,今は特に眼鏡をかけることなくここに存在していたことに今更ながら気づく。

「仰るとおりです」

「私どもも,このような仕事はしておりますが,鬼ではありません」
そう言いながら政府のお役人様が取り出したのは,"生前の私"が愛用していた眼鏡だった。
「思い出の一つくらい,持ち込んでも良いのではないかという人の心があります」
と言いながら,その眼鏡を私に差し出す。
「こちらはあやめ様に差し上げます。私どもからの置き土産とでもお思いください」
何か仕掛けがあったらどうしようと警戒していると,少し笑いながら「何も悪いことは起こりませんので,その点はご安心ください」と笑われてしまった。
「では,ありがたく頂戴いたします」
あの弟がわざわざ私のために何かしらの手段を使って渡そうとでもしてくれたのだろうから。

審神者は決して楽なものではありません。このような選択肢として使われるくらい,過酷なものです」
お役人様は手を組み直して,私の方に向き直る。
「私どもは,確かに,厳しいことを強いることもあるのが事実です。長く続けていれば,嫌になることも当然あることと思います。
大抵の審神者様は刀剣男士様と協力して乗り越えていらっしゃいますが,相手は紛れもない神様です。
どう足掻いても,人間には手の届かない存在であることに変わりはありません」
先ほど蜂須賀虎徹に「よろしく」と言ってしまったことが,とても大変な言葉だったような気がしてしまう。
「そんな境遇だからこそ,今のお体では不要かもしれませんが,そちらのお品物をお使いください。何かの折に,きっとお役に立つと思います」
「ありがとうございます…」

長い時間,お疲れさまでした,と,お役人様が席を立った。
「こちらからお伝えすることは以上となります。これから,どうぞよろしくお願いいたします」
軽く頭を下げられるのに合わせて,私も頭を下げる。
「お役人様も,長時間,ありがとうございました。門までお送りいたします」
洋館を出るとそこには蜂須賀さんがいらっしゃった。
おそらくこの広い敷地で行く場所もなく,そのまま着いて来たものの鍵をかけていたので入れなくなってしまったのだと思う。
お見送りは蜂須賀さんとご一緒に,と思っていたので呼びに行く手間が省けたのは好都合で,二人でお役人様を見送った。

 

「私は一度お役人様からいただいたものを部屋に置いてきます,そこが主に私がいる部屋になりますから,一緒に行きましょう」

 

ほんの数時間前までは特に気がつくまでもなく身につけていた眼鏡だが,これだけが唯一私が人間で,まだ生きていることを教えてくれるもののような気がした。